book037 ピアノ調律師
作:M・B・ゴフスタイン 訳:末盛千枝子
◆ムジカノーヴァ
◆朝日新聞
◆季刊ゴーシュ

2005年12月号 ムジカノーヴァ

夢と現実をシンプルに表したステキな絵本 山田治生(音楽評論家)

「調律師」という職業を私はいつから知っていただろうか?少なくとも、この物語の主人公である小さな女の子デビーの年頃には「調律」という仕事が存在することを知らなかった。
 デビーは、両親を事故で失ってから、調律師である祖父ルーベン・ワインストックのもとで暮らしていた。2年間、祖父と暮らすうちに、彼女は調律という仕事に興味を持ち、自分もいつかは調律師になりたいという夢を抱くようになった。一方、祖父は、娘をピアニストにしたいと思っていた。そんな彼らの町に、名ピアニスト、アイザック・リップマンがやってくる。彼の弾くグランドピアノを調律するのは、もちろんルーベンの仕事だった。
 この物語を読んで一番印象に残ったのフレーズは、リップマンがルーベンに「人生で自分の好きなことを仕事にできるの以上に幸せなことがあるかい?」と問う言葉だ。調律師をやっいるルーベンさえ、孫娘をピアニストにしたい(ピアニストの方が調律師よりも良い仕事だ)と思う一方、職業に対する偏見のないデビーはピアニストよりも調律師に憧れる。
 そこで、リップマンは2つのことを教える。まずひとつは前述の言葉。彼は、調律師がどんなに大切な仕事であるかを身をもって知り、職業に対する偏見を持っていなかった。だから好きなことをやればいいと言う。もうひとつは中途半端な気持ちではピアニストにはなれないということ。彼は「世界中の何よりもピアニストになりたいと思うのでなければ、そうはなれないと思うよ」と述べ、調律に夢中になっているデビーにこう言う。「わたしも、君くらいの歳のころには、そんなふうだったよ。わたしもたったひとつのことしか考えていなかった。わたしの場合はもちろんピアノを弾くことだったけれどね」。
 夢とともに現実の厳しさもさりげなく語られるこの絵本を、多くの子供たちに読んでほしいと思う。

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2005年9月5日(月) 朝日新聞朝刊

今すぐ読みたい! 書評:望月 旬

くしゃくしゃ頭の小さな女の子〈デビー〉は、おじいちゃんと同じ職業につくことを夢見るあまりに、音叉を片手に「冒険」に出た…。
 ピアノの鍵盤をひとつずつ叩き、まるで聴診器をあてるように悪いところはないかと聴いてあげる。そんな調律師の仕事を、この絵本はとても魅力的に描く。シンプルな筆致で。
 やさしく温かい読後感へと、心をチューンアップしてくれる一冊だ。

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北海道発のクラシック音楽マガジン『季刊ゴーシュ』2005秋 第3号

評者:多米 實(前日本ピアノ調律師協会会長)

 私が今日、調律師としてあるのは、子供の時、生活の場に調律があったからだ。調律に集中する父が漂わせる空気の迫力。そして音の狂いが修正され、1本の美しい線をなし、また、2つの音のハーモニーが調和していく不思議さ。それが幼い私が体験した調律の世界であった。
 本書は、米国の児童絵本作家ゴフスタインによる絵本。小さな体と大きな夢を持った少女デビーと世界一の調律師である祖父の物語が、シンプルな描線の絵とともにつづられていく。祖父にあこがれる少女は、自身の天職として調律師を志している。
 目的、目標を持ちにくい現代社会にあって、少女の姿には心強いものを感じるし、祖父と旧知の名ピアニストが、人生の出発時に豊かな心を求めるべきだとの考察を示していることに心温まる思いがする。初めて人さまのピアノを調律する少女の大胆さと、それを快く許すピアノの持ち主からは、人を育てるというアメリカ的人道主義というべきものも伝わってくる気がする。
 ピアノの音が美しく変わっていくさまも、よく描かれている。読み進むうち、自分の幼い日々のことがふとよみがえった。ピアノの音楽を聴く人にもお勧めしたい本である。

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