2005年12月号 ムジカノーヴァ
夢と現実をシンプルに表したステキな絵本 山田治生(音楽評論家)
「調律師」という職業を私はいつから知っていただろうか?少なくとも、この物語の主人公である小さな女の子デビーの年頃には「調律」という仕事が存在することを知らなかった。
デビーは、両親を事故で失ってから、調律師である祖父ルーベン・ワインストックのもとで暮らしていた。2年間、祖父と暮らすうちに、彼女は調律という仕事に興味を持ち、自分もいつかは調律師になりたいという夢を抱くようになった。一方、祖父は、娘をピアニストにしたいと思っていた。そんな彼らの町に、名ピアニスト、アイザック・リップマンがやってくる。彼の弾くグランドピアノを調律するのは、もちろんルーベンの仕事だった。
この物語を読んで一番印象に残ったのフレーズは、リップマンがルーベンに「人生で自分の好きなことを仕事にできるの以上に幸せなことがあるかい?」と問う言葉だ。調律師をやっいるルーベンさえ、孫娘をピアニストにしたい(ピアニストの方が調律師よりも良い仕事だ)と思う一方、職業に対する偏見のないデビーはピアニストよりも調律師に憧れる。
そこで、リップマンは2つのことを教える。まずひとつは前述の言葉。彼は、調律師がどんなに大切な仕事であるかを身をもって知り、職業に対する偏見を持っていなかった。だから好きなことをやればいいと言う。もうひとつは中途半端な気持ちではピアニストにはなれないということ。彼は「世界中の何よりもピアニストになりたいと思うのでなければ、そうはなれないと思うよ」と述べ、調律に夢中になっているデビーにこう言う。「わたしも、君くらいの歳のころには、そんなふうだったよ。わたしもたったひとつのことしか考えていなかった。わたしの場合はもちろんピアノを弾くことだったけれどね」。
夢とともに現実の厳しさもさりげなく語られるこの絵本を、多くの子供たちに読んでほしいと思う。
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